大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和23年(つ)6号 決定 1948年12月24日

主文

本件再抗告を棄却する。

理由

本件抗告の理由は、別紙のとおりである。

刑訴法第二九條は、訴訟を遲延せしむる目的のみを以てなしたことの明白な忌避の申立を却下すべきことを規定し、この場合においては、忌避せられた裁判官も、その裁判に關與し得ることを明らかに定めている。元来一般に忌避せられた裁判官をして、その忌避の裁判に關與せしめない所以のものは、かかる裁判官が自らその忌避申立の理由があるか否かの裁判に關與するのでは、その裁判の公正を疑わしめる虞があるばかりでなく、殊にその申立を却下する場合には、たとい當該裁判官が客觀的に公正な判斷をしたとしても、忌避の理由あることを主觀的に信ずる申立人の立場からは、その裁判の公正を疑うべき十分な理由が存在し得るからである。しかるに、これに反し前記刑訴法第二九條の場合は、忌避の申立が本來の使命を全く逸脱して、ただ訴訟遲延の目的のみを以てなされたことの明白なときに、かかる權利の濫用ともいうべき忌避の申立を却下するのであって、その実質においては忌避申立そのものの理由があるか否かについての裁判をするというよりは、むしろ單に訴訟の進行を阻害する事由が存するか否かについて裁判をするに過ぎないのである。かかるが故に、この場合においては忌避せられた裁判官をして、その裁判に關與せしめたとしても、前述のような裁判の公正を疑わしむべき虞は、甚だ乏しいと言わなければならぬ。しかのみならず、かかる方法に出ずる訴訟進行の妨害に對しては、即時にすなわち裁判所の構成を改めるまでもなく直ちにこれを排除して迅速なる訴訟の進行を圖ることが、公益上要請せられていると言うべきである。言葉を換えれば、該規定は、本來裁判所が訴訟指揮權の作用として負擔している訴訟の進行を妨げる一切の障碍を除去すべき職責の遂行に對して、これを制限すべき事由のない場合に、ただ制限を加えなかったまでのものであるとも言い得るのである。もとより、該規定は、所論のように裁判官が公務員として全體の奉仕者であるべき性格を無視して、官僚の横暴を敢てなし得る權限を付與したものと解すべき餘地はない。再抗告人は、該規定は、裁判所が訴訟遲延の目的を以てなされたとの理由を假裝して、正當な忌避の申立を却下することを可能ならしめるものであって、これによって官僚の横暴を招來し、結局憲法第一五條第二項の精神に違反すると主張するものの如くである。しかし、該規定は、忌避の申立を却下するには、それが訴訟遲延の目的のみを以てなされたことが明白であることを前提要件としているので、その明白でない場合には、却下し得ないのであるから所論のように理由を假裝して却下の裁判をするというがごときことは、峻厳な世論の批判を前にして、殆んどなし得ないところである。のみならず、假りにかかる違法な裁判が觀念上あり得るとしても、それはかかる違法を敢てする當該裁判所の責に歸すべきところであり、しかもそれに對しては不服申立による是正手段(刑訴法第三一條)も存するのであるから、これがために、前示立法趣旨の下に規定された刑訴法第二九條そのものを所論のように憲法第一五條第二項の精神ないし憲法前文の精神に違反するものと論じ去ることはできない。されば本件再抗告は理由なきものである。

よって、刑訴法第四六六條第一項に從い主文のとおり決定する。

この決定は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上登 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例